フィギュアスケート界の絶対女王として、世界選手権3連覇という歴史的快挙を成し遂げた坂本花織選手。
2025年6月20日、地元・神戸のアイスリンク開業セレモニーにて「今シーズン限りでの現役引退」を表明し、日本中に衝撃が走りました。
21年間の競技生活の集大成として、2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックの舞台に立つ彼女を支えてきたのは、他でもないご家族の存在です。
この記事では、坂本花織選手の原点である「警察官の父」や「献身的な母」、そして愛すべき家族構成を徹底調査しました。

2025年6月の引退表明は本当に驚きましたが、彼女の決意を知ると、このミラノ五輪にかける思いがより深く伝わってきますね。
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坂本花織の両親はどんな人?父親は警察官で母親は全力サポーター
坂本花織選手の父親は兵庫県警の元警察官(副署長)で、母親は彼女の競技生活を影で支え続けてきた専業主婦です。
父親:厳格かつ温かく見守る「兵庫県警の元副署長」
父親の修一さんは、かつて兵庫県警で副署長を務めるなど、警察組織の中でも責任ある立場におられた方です。
坂本選手の「礼儀正しさ」や「強い精神力」は、お父様の背中を見て育まれたものと言えるでしょう。
「自分の仕事は娘の環境を整えること」と言わんばかりに、影から静かに見守り、彼女がスケートに集中できるようどっしりと構えてこられました。
母親:21年間を共に歩んだ「最強の専属マネージャー」
母親の悦子さんは、坂本選手が4歳でスケートを始めてから現在に至るまで、生活のすべてをサポートしてきた方です。
フィギュアスケートは早朝や深夜の練習も多い過酷な競技ですが、悦子さんは長年その送迎をこなし、食事管理から衣装のメンテナンスまで完璧にこなしてきました。
坂本選手がスランプに陥ったときも、一番の理解者として寄り添い、彼女が持ち前の明るさを取り戻せるよう励まし続けました。

お父様が警察官として精神的な支柱となり、お母様が日々の活動を献身的に支える。この完璧なバランスが、世界の坂本選手を作ったんですね。
坂本花織の家族構成は?3人姉妹の末っ子として愛されて
坂本花織選手は、父・母・そして2人の姉を持つ5人家族で、姉たちとは年齢が離れた末っ子として育ちました。
- 父親: 修一さん(元警察官)
- 母親: 悦子さん
- 長女: 年齢は坂本選手の14歳上
- 次女: 年齢は坂本選手の12歳上
- 三女: 花織選手
坂本選手が生まれたとき、上のお姉さんたちはすでに中学生や小学校高学年でした。
一回り以上も年が離れているため、坂本選手は家族全員から文字通り「目に入れても痛くないほど」可愛がられて育ったといいます。
姉たちとのエピソード
年の離れた姉たちは、坂本選手にとって憧れの存在であると同時に、一番のサポーターでもありました。
幼少期は、仕事で忙しい両親に代わって姉たちが遊び相手になったり、練習の世話を焼いたりと、まるでお母さんが3人いるような環境で育ったことが、彼女の物怖じしない、天真爛漫な性格を育んだ一因となっています。

14歳と12歳も年上の姉がいる末っ子なら、家族みんなに愛されて育ったのがよく分かりますね。あの愛されキャラのルーツはここにありました!
坂本花織の学歴:地元・神戸で貫いた文武両道の道
坂本花織選手は、地元である兵庫県神戸市の学校を卒業しており、多忙な競技生活の中でも学業と練習を完璧に両立させてきました。
- 小学校: 神戸市立なぎさ小学校
- 中学校: 神戸市立渚中学校
- 高校: 神戸野田高等学校
- 大学: 神戸学院大学(経営学部)
小学校・中学校は地元の公立校に通い、放課後はリンクへ通い詰める日々を送っていました。
2023年3月に卒業した神戸学院大学では、競技と並行して経営学を学び、文武両道を体現。
大学卒業後は、自身を長年サポートしている地元企業「シスメックス」に所属し、社会人アスリートとして活動しています。

練習がハードな中でもしっかり大学まで卒業されているのは本当に立派ですね。
坂本花織の経歴:朝ドラの出会いから世界選手権3連覇へ
坂本花織選手の競技人生は、2003年のNHK連続テレビ小説『てるてる家族』を観て、「私もあんな風に滑りたい!」と母にねだった4歳のあの日から始まりました。
幼少期〜ノービス・ジュニア時代:才能の開花
4歳でスケートを始めた坂本選手は、地元・神戸の「神戸ポートアイランドFSC」で中野園子コーチに師事します。
- 2012-2013シーズン: 全日本ノービス選手権(Aクラス)で優勝し、早くから将来を嘱望される存在に。
- 2016-2017シーズン: ジュニアグランプリファイナルで銅メダル、世界ジュニア選手権でも銅メダルを獲得。
この頃から、他の選手を圧倒する「ジャンプの飛距離」と「氷を切り裂くようなスピード」が、彼女の最大の武器として確立されました。
シニア転向と平昌オリンピック:彗星のごとく現れた新星
2017年にシニアデビューを果たすと、その進化のスピードはさらに加速します。
- 2017-2018シーズン: シニア1年目ながら、全日本選手権で準優勝。並み居る実力者を抑えて、17歳で平昌オリンピックへの切符を手にしました。
- 2018年 平昌五輪: 初出場ながらノーミスの演技を揃え、個人6位入賞。世界中に「日本のKAORI SAKAMOTO」の名前を印象づけました。
どん底の苦悩と「マトリックス」での覚醒
平昌五輪後の2019-2020シーズン、坂本選手は最大の壁にぶつかります。全日本選手権で6位に沈み、代表落ちを経験。「スケートを辞めたい」と思うほどのどん底を味わいました。
ここで彼女を救ったのが、伝説のプログラム『マトリックス』です。
振付師ブノワ・リショー氏とともに、女性スケーターとしては異例の「力強さ」と「スピード」を極限まで追求したこの演技で、坂本選手は唯一無二のスタイルを確立。
不調を乗り越え、より強く、より速くなってリンクに戻ってきました。
北京オリンピックから「絶対女王」の時代へ
覚醒した坂本選手は、2022年の北京オリンピックで日本女子のエースとして君臨します。
- 2022年 北京五輪: 女子シングルで銅メダル、団体で銀メダルを獲得。日本人女子として浅田真央さん以来のメダリストとなりました。
- 2022年〜2024年: 世界選手権で歴史的な3連覇を達成。これは女子シングルでは56年ぶり、日本人としては初の快挙です。
ロシア勢不在という状況下でも、常に「自分自身の最高得点」を追い求めるストイックな姿勢は、世界中の関係者から絶賛されました。

4歳でドラマを観て目を輝かせていた少女が、20年以上経って伝説の女王として現役を終えようとしています。その軌跡の一つひとつが、今の彼女の輝きを作っているんですね。
2026年 ミラノ・コルティナ五輪:集大成のラストダンス
坂本花織選手にとって現役最後の大舞台となるミラノ・コルティナ五輪。彼女は日本代表の精神的支柱として、個人戦のみならず「団体戦」でも伝説を作りました。
今大会、坂本選手は日本の男女シングル選手として初めて、団体戦のショートプログラム(SP)とフリースケーティング(FS)の両方を滑り切るという過酷な役割を担いました。
団体戦で見せた「最強のキャプテンシー」
団体戦では、持ち前のスピード感溢れる圧巻の演技で、SP・フリーともに全体1位という異次元のパフォーマンスを披露。
自らの得点でチームを牽引し、日本の銀メダル獲得に決定的な役割を果たしました。
演技後には「この最強のチームでメダルを獲りたかった」と涙し、若手選手を盛り上げるムードメーカーとしての姿も話題に。
自分一人の勝利ではなく「チームジャパンの勝利」を何よりも喜ぶ姿に、世界中のファンが胸を熱くしました。
悲願の「個人戦・金メダル」へ
団体戦での銀メダル獲得という最高のバトンを受け取り、いよいよ彼女のスケート人生を締めくくる女子個人戦へと挑みます。
北京五輪の「銅」から4年、世界選手権3連覇という実績を引っさげ、表彰台の頂点を見据えた「愛の讃歌」がミラノの氷上に響き渡ります。

団体戦でSP・フリー両方を完璧に滑り抜いたスタミナと精神力には驚かされました!チームのために戦う彼女の姿は、まさに真のエースですね。
まとめ
坂本花織選手は、2025-2026シーズンをもって、惜しまれつつも現役を引退します。
- 引退表明: 2025年6月20日に今シーズン限りの引退を公言
- ミラノ五輪団体戦: SP・フリー両方に出場し、銀メダル獲得の立役者に
- 五輪使用曲: SP『Time To Say Goodbye』、FS『愛の讃歌』
「悔いなく終わりたい」という言葉通り、団体戦で最高のスタートを切った坂本選手。
これまでの21年間のすべてを捧げる個人戦のフリーが、彼女の競技人生最後の滑りとなります。最後までその輝きを全力で応援しましょう!

団体戦での銀メダル、本当におめでとうございます!この勢いのまま、個人戦でも彼女らしい最高の笑顔が見られることを願っています!



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